薬丸岳「Aではない君と」☆☆☆

Aではない君と

大手建設会社の企画室に勤務するエリート・サラリーマン吉永圭一は、大きな新規プロジェクトに自分の企画が採用されたことで部下たちと祝杯を上げていた。

数年前に妻と離婚した吉永には14歳になる息子・翼がいるが、翼は別れた妻と一緒に暮らしていて会う機会も少ない。ただ優しく素直な気質の息子との親子仲は悪くなかった。

そんな翼から飲み会の最中に電話が掛かってきた。

後でかけ直せば良いと考えた吉永は翼からの電話に出なかったが、トイレに行った時にコールバックすると、今度は翼の電話が留守電に変っていた。

その晩酔いつぶれた吉永は、愛人で部下の野依美咲の部屋に泊まり、TVで流れた中学2年生の男子生徒が雑木林で刺殺されたというニュースを見ながら、美咲との結婚に思いを馳せた。

数日後、吉永のもとに刑事が訪れて来て、吉永は翼が同級生を刺殺した容疑で逮捕されたことを知らされる。その事件とは、美咲の部屋で見たTVニュースの事件だった。


新しいプロジェクトがスタートし、ライバルとの出世競争に一歩抜き出し、恋人との再婚も進みそうで、明るい未来が開いていた時に起こった息子の殺人事件。

警察は捜査について説明せず、息子は事件について口を噤み、面会は拒絶され、別れた妻は精神的に脆くて感情的になり、事情を知った恋人・美咲も吉永と距離を置くようになり、会社には息子が入院したと偽って、仕事の合間に善後策に奔走する吉永の姿が、読んでいて少しきついです。

息子は本当に人を殺したのか?

だとしたら、その理由は?

殺人事件が起きる直前に息子から掛かってきた電話、あれに出ていれば事件は防げたのか?

俺は何をどうしたら良いんだ?

何も分からない中で右往左往する吉永は、事件が周囲の人間に知られることを恐れ、マスコミが警察署に押し寄せていることに警戒し、別れた妻の姓を名乗っている事で直接自分と繋がらないことに微妙に安堵しながらも、別れた妻にかかるプレッシャーに罪悪感を感じ、父親の責任について自問します。

少年犯罪に詳しい弁護士に相談し、事件の真実を探っていくうちに、吉永は自分が息子のことを何も知らなかった事に徐々に気がついていきます。

管理人も息子を持つ父親として、また普通に生活しているサラリーマンとして、どうしても自分の身に置き換えてしまうので、初めのうちは読むのが辛かったですね。

ただ、主人公・吉永の誠実な人柄や、口を閉ざす息子への愛、事件の真相への興味から、徐々に読み始めると止まらなくなりました。

被害者であれ加害者であれ、こういう事件の当事者になった時に、果たして自分はどういう行動を取れるのか・・・。管理人だったら逃げ出してしまいそうですが、そういう気持ちを誠実に描きながら、暗く重たいテーマでありながら過度に暗くならずに、こういう物語を描いた作者の力量には敬服します。

とても読み応えのある作品でした。

 

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