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広瀬正「マイナス・ゼロ」の感想です。

広瀬正「マイナス・ゼロ」☆☆☆

マイナス・ゼロ

空襲警報が鳴り響く昭和20年の東京、中学生の浜田俊夫は尊敬する「先生」と密かに憧れている「お嬢さん」とが二人で暮らしている風変わりな隣家が心配で、「先生」の家に駆け込んだ。

ところが「お嬢さん」の姿がどこにも見当たらず、虫の息となっている「先生」から18年後の今日この場所に来てほしいという奇妙な頼まれごとをする。

それから18年の歳月が流れ、先生が俊夫に指定した日がやって来た。

電気メーカーの技師となった俊夫は、18年前のその約束を守るべく、かつて「先生」が住んでいた場所に建てられている家を訪問する。

訪れた家で何を話せば良いのか混乱する俊夫をよそに、その家の主人は何故か訳知り顔で俊夫を「先生」たちが暮らしていた場所に案内してくれた。

そこに有ったのは不思議な形をした機械で、俊夫がその機械を見つめていると、突然その機械の中から18年前に行方が分からなくなった隣家の「お嬢さん」が、当時のモンペ姿のままで現れて来た。


寡作のSF作家・広瀬正がSF同人誌「宇宙塵」に発表したのが1965年。1970年に単行本となり70年後期の直木賞候補作になり、その後何度も復刊されている今や古典的とも言えるタイムトラベル小説で、管理人としては日本SF史上の最高傑作だと思っています。

淡々とした文体で、尚且つとてもユーモラスな雰囲気の作品ですが、それでいて精密に組み立てられた謎解き。

果たしてこの物語はどの様に展開するのか?と思いつつ物語の中に惹きこまれて行きます。

俊夫が送り込まれてしまう昭和初期の風俗が、これまた奇妙に懐かしく、当時の銀座の描写などまるで自分が主人公と一緒に街を歩いて見学しているような錯覚すら覚えます。

独特の情緒がいっぱいで、登場人物が善人ばかりで、ロマンスがあり、それでいて極めてロジカルな筋書き。何度読み返しても、その度に物語の中に引き込まれてしまいます。

管理人が初めてこの作品を読んだのは、1970年代半ばだったと思いますけど、今ではこの作品で描かれていた'現在(1963年)'がノスタルジーを感じさせてくれるようになってしまいました。それでも今読んで古臭さを感じさせない傑作です。

管理人は何人か知り合いにこの作品を勧めましたが、つまらなかったという人は一人も居なかったですね。