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熊谷達也 「邂逅の森」の感想です。

熊谷達也「邂逅の森」☆☆☆

邂逅の森

大正時代の東北の寒村でマタギ(猟師)として育ち、激しい自然の中での獲物との対峙に誇りを持って生きている男・松橋富治。

しかし村の有力者の箱入り娘・文枝に惚れてしまい、文枝に手を出したために村を追われ、マタギとして生きていく道を失う。

マタギの生活を断たれた富治は、厳しい年季奉公の末にギルドとして結束が固い採鉱夫となり、厳しい仕事も厭わずに働く頼もしい男として一目置かれるようになる。

しかし鉱夫小屋が雪崩に巻き込まれた事で、富治を慕う見習い鉱夫の小太郎の故郷でマタギとして再出発することを決め、小太郎の姉で元女郎だったイクと夫婦となる。


第131回直木賞と第17回山本周五郎賞をダブル受賞作した、マタギとして生きる誇り高き男の生きざまを描いた骨太の傑作小説です。

主人公の松橋富治だけでなく、登場する男たちの生きかたがすさまじく、また主人公の周りの女性たちが個性豊かで芯が強くて、どんな状況に置かれても生き抜いていく力を持っています。

昔の日本人は貧しかった分みんなこんな感じだったのかもしれないなぁ、とつくづく感心します。

食べ物にも不自由する寒村での厳しい生活、富治の自然に対する畏敬とマタギとしての誇り、イクの言葉にされなかった覚悟、二人の夫婦愛などが胸を打ちます。

自らに正直で潔く真っ当な生き方をしてきた男が、山の神様が乗り移った巨大な熊と対決する場面では、人間と自然とのかかわりを見事に暗示していて、ある種の宗教性のようなものすら感じて感動しました。

少し橋田須賀子の「おしん」に通じるところがある、豊かになった日本人が忘れてしまった原風景が展開されていて素晴らしい作品です。