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ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」の感想です。

ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」☆☆☆

ザリガニの鳴くところ

アメリカ南部ノース・カロライナ州の湿地帯に住む少女カイアが6歳の時に、母親は父親のDVに耐えきれずに家を出た。

酒と博打にのめり込む傷痍軍人の父を除けば、母と5人の子どもたちは仲の良い家族だったが、母が家を出てまもなくすると3人の兄姉も家を出て行き、最後まで残っていた面倒見の良い兄ジョディもカイアを残して家を出た。

みすぼらしい掘っ立て小屋のような家に一人残されたカイアは、たまに帰ってくる父親からの生活費では暮らして行けず、まだ暗いうちから貝を取り、それを小さな万屋を商っている黒人ジャンピンに買い取って貰い生活費に当てた。

母親が子供を捨てることはない、いつか迎えに来てくれるはずの母を待ちながら孤独の中で暮らすカイアに手を貸してくれたのは、黒人のジャンピンとその妻メイベル、そしてジョディの友人だった少年テイトだけだったが、そんな暮らしの中でもカイアは湿地の森や潟湖(せきこ)や、そこに生息する多様な生き物たちを観察し、自然と一体となって静かに生きていた。

「湿地の少女」と言われ蔑まれたカイアは学校にも行かず文字も読めなかったが、心優しく賢いテイトから文字を教わり本を与えられ、独学で様々な知識を得て美しい女性へと成長していく。

しかし心を通わせたテイトが大学進学のため町を出ていく事になり・・・。


2021年の本屋大賞の翻訳小説部門で1位になった小説で、アメリカで2019年に最も売れた作品です。

殺人事件が起き、その捜査と裁判の模様が描かれているためミステリィというカテゴリに入っていますけど、「罪と罰」がミステリィの傑作だと言うのと同じような感じではないかと思います。

1952年から1970年までのアメリカ南部が舞台で、人種差別や女性蔑視が色濃く残る時代を風景にして、肉親が自分を捨てて去っていったことから人を信じられず、深い孤独の中で生き抜いてきた女性の日常と成長を描いていますが、カイアが暮らす湿地帯を始めとした自然環境保護や人間性の考察などテーマが様々に拡がっていて、色々な読み方、感じ方が出来る奥行きのある作品だと思います。

過酷な環境に残された幼い少女の放置が許された時代、そうした中で自立した誇り高い女性が誕生した不思議、すさまじい孤独に苛まれながらも、そうした生き方しか出来ない人間、生物としての強さとは何かということ、色々と思うことが有りました。

単純なミステリィを期待して読むとはずれだと思いますが、読む価値のある小説だと思います。良かったです。

尚、「ザリガニの鳴くところ」とは、生き物たちが自然のままの姿で生きる場所のことを指しているそうです。