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荻原浩「月の上の観覧車」の感想です。

荻原浩「月の上の観覧車」☆☆

月の上の観覧車

情感が漂う短編8篇を収録した短編集です。

少し苦めの物語やファンタジックな作品、ノスタルジィを感じる作品などが収められていて、作者特有のユーモアはあまり感じさせずに、それぞれに悩める登場人物たちの姿を淡々と描いていますが、荻原作品らしい優しい雰囲気の物語が多かったように思います。


「トンネル鏡」は、日本海側の小さな町に生まれた男性が都会に移り住み、中年となって過去を回想する話。亡くした母の思い出がどこか切ない物語です。

「上海租界の魔術師」は、昔上海で手品師をしていた祖父と孫娘との話で、離婚した妻に育てられた息子の家に同居した老人の昔話と、その話を聞きながら老人が見せてくれる魔術に魅入られる孫娘の絆が優しい物語です。

「レシピ」は夫が定年を迎えた妻が、料理のレシピにまつわる昔の出来事を思い出していく物語で、男性である管理人としては少々物悲しく感じてしまいます。

「金魚」は最愛の妻を亡くして精神に不調をきたした男性の物語。人生を支えてくれた妻を亡くした夫の悲しみが心にしみます。

「チョコチップミントをダブルで」は不器用な生き方から中年離婚した男と、父親っ子だった娘との小さな物語。やっぱり人間は前を向いて歩いていかなくてはいけないんですね。

「ゴミ屋敷モノクローム」は、ゴミを捨てられずにいる認知症の老女と、その件で苦情を受け付けた心優しい市役所の職員の話。人に歴史あり・・・ということが心を打ちます。

「胡瓜の馬」はお盆に帰省した男が、昔付き合っていた風変わりな女性との思い出に浸る話。若かったあの頃と、なくした何かが少し切ない。

そして表題作の「月の上の観覧車」は、実業家として成功した男性が、節目節目に起きた不思議な出来事と自分の人生を、夜の観覧車の中で省みる姿を叙情的に描いた作品。この短編集の表題作としてふさわしい作品ですね。

人が生きてきた足跡を振り返って見るようなそれぞれの小編は、人生が愛おしいものとして描かれているようで良かったです。