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佐藤正午「月の満ち欠け」の感想です。

佐藤正午「月の満ち欠け」☆☆☆

八戸から東京駅に降りた初老の男性・小山内堅が、東京ステーション・ホテルのカフェで母娘と出会う場面から物語は始まる。

時折大人びた思慮深い視線を小山内に向ける7歳の少女の名前は緑坂るり。るりは初対面の小山内に、むかし小山内と家族3人で「どら焼き」を食べたことを語り、小山内が八戸から持ってきた亡き娘の描いた絵を私が描いたものだと話す。

るりが小山内の娘・瑠璃の生まれ変わりだという話は、るりの母親の緑坂ゆいから聞いていたが、小山内はそうした話に距離を置こうと決めていた。

この理解しがたい出来事のそもそもの初めは、三角哲彦と言う男性と正木瑠璃という女性が知り合った事だった。


一人の女性の輪廻転生と愛の記憶を、時系列と視点を複数の人物に分けて描いた第157回直木賞受賞の傑作です。

こういう主題の小説は今までにもありましたが、大体はもっと劇的なストーリーになるところを、どこか落ち着かせて、曖昧なことは曖昧なままに淡々と進んでいく構成や描き方が佐藤正午らしくて、管理人は良いなと感じました。

恋人同士の会話が自殺の話になって、樹木のように死んで種子(子孫)を残すようになった人間と違って、月の満ち欠けのように生と死を繰り返すような死に方を選びたいと言う女性。

思い込みが激しいというよりも、何かごく自然に当たり前のように語り、死んだら生まれ変わってあなたの前に現れるという女性は、よく考えれば何だか怖い。

そういった怖いモノに翻弄される人たちの物語だと考えると印象がまた変わりますけど、全体的に見ればこの小説はやはり愛を描いた物語でしょう。

読んでいて小山内はひょっとしたら・・・と思った事がありましたが、どうやら管理人が考えた通りだったようで、しかしそこがまた微妙に淡々と描かれ、あまり深く立ち入らない点も良かったと思います。