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井上靖 「夏草冬涛」の感想です。

井上靖「夏草冬涛」☆☆☆

夏草冬涛

軍医の息子として生まれながら、とある事情で祖祖父のお妾さんだったというおぬい婆さんに育てられた少年伊上洪作。

この作品は、洪作が幼少時代を過ごした伊豆湯ケ島から離れて、三島の伯母の家に下宿しながら旧制沼津中学校に通う姿を描いた、井上靖の自伝的な小説シリーズの2作目の作品です。

主に小学生の頃を描いた「しろばんば」、金沢の高校時代を描く「北の海」の間の作品ですが、管理人はこの「夏草冬涛」が一番好きです。

まだ幼かった自分に別れを告げて大人に一歩近づく思春期の一番変化が激しい時代。そんな大人でもなく子どもでもない微妙な時代を、妙に懐かしい景色を感じさせながら描いています。

自分自身を顧みても、まだ何も知らない子どもから、少し大人びた真似をしたくなる年頃の中学時代というのは、例えば同じ年頃の女子を見ても今までとは少し違って見えて、でも付き合うとかそういう事も出来ないで、周囲の仲間が子どもっぽく見えたり大人に見えたり、友達も小学生の頃の単なる遊び仲間から、もう少し真面目な関係というか、心を打ち明け合うような、そういう少し複雑な年頃だったように思います。

この作品を読むと、そういう時代を思い出します。

管理人が最初に読んだのは20代前半で、そんなに感傷的になるような年でもありませんでしたが、中学生の頃に読んだ「しろばんば」がストレートな物語だったのに比べると、こちらの作品の方が感情移入がしやすかったようです。

登場する生徒たちが管理人の時代よりも大人びていて、バカな真似をしてもどこか芯があって、そういうのは当時のエリート養成システムに乗った優秀な生徒たちだったからなのでしょうか、

単純に羨望に似た気持ちを抱いた記憶があります。

そういう時代がどんどん古くなっていくからこそ、こういう作品は本当に貴重だと思います。とても好きな作品です。