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広瀬正「エロス」の感想です。

広瀬正「エロス」☆☆☆

エロス

「もしもあの時ああしていたら・・・」という誰しもが一度は想像したことのあるテーマを元にしたパラレル・ワールドの世界。

戦前の銀座をノスタルジックに描いた広瀬ワールドが見事に広がる傑作SFです。

「エロス」というタイトルから連想するような性的なものなど全くない、とても叙情的な作品です。


主人公は淡谷のり子をモデルにしたような東北出身の大歌手・橘百合子。歌手生活37年記念リサイタルを迎えた彼女が、37年前の昭和8年に18歳で上京して来た頃を回顧するところから物語は始まります。

現在から過去を回顧すると同時に、浮かび上がってくるもう一つの過去の物語。

百合子が一つの選択をして結果的に歌手の道に進んだ世界と、その選択をせずに違う人生を歩んだ世界。

その二つの世界が交差する事はけっしてありませんが、読者は両方の世界で並行して起こる別の物語を読みながら、ほんの小さな偶然から異なった道を流れていく世界を見つめていきます。

懐かしい(とは言っても、管理人は戦前の銀座を知りませんが)風景とそこで懸命に暮らす人々。

この作品はSF小説ですが、その殆どが過去の情景描写であり、難しい理屈など全く関係しない広瀬正特有の世界が繰り広げられて行きます。

そして最後のドンデン返し。物語の流れに身を任せて読んでいた管理人が、全く予想もしていなかったラストシーンで驚きました。

時の旅人「広瀬正」の面目躍如たる作品で、時の流れが持つ不思議さや無常感、そして懐かしさなどが管理人を包み込み、実に何とも表現できない気持ちにさせられます。

マイナス・ゼロ」と並ぶ、広瀬正の時間をテーマにした傑作SF小説です。